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ブログ「media debugger」のこちらの記事経由で、渡瀬夏彦氏のブログを閲読した。「沖縄県知事選と官房機密費。鈴木宗男氏と佐藤優氏の会話に注目!!」。この方はライターだということだが、率直に言って、それにしては情報を上下左右、表から裏までひっくり返して検証し、正確な記事を書くという姿勢に欠けるところがあるように思った。そもそも、まず私は、次の文面をみて押しつけがましさを感じたな。

「以下、琉球新報2010年8月7日付紙面(総合面3面)より、コラムの全文を引用する。鈴木宗男氏と佐藤優氏の重要な会話の内容を、なんとなく読み流してはいけないと思う。/ぜひ、じっくりかみ締めていただきたい。」(強調のための下線は引用者による。以下同じ)

私は一読後、いつものように思惑がいっぱい詰まっていそうな佐藤優氏の発言だと感じたが、渡瀬氏の上の紹介文には、佐藤氏の姿勢を純真、誠実とあらかじめ決めつけ、誉め称えようという意図があからさまなように思う。しかも読者に対してさえ、自分のようであるべきだと言わんばかりのようではないだろうか。官房機密費流用問題は、沖縄在住の人のブログでは作家の目取真俊氏の「海鳴りの島から」でも早速取り上げられていたし、事実重大な証言であろう。しかし、鈴木氏は当時この流用に自分自身も加担していたことには違いないのだ。なぜこの時期にこういう証言をしたのかについても機密費流用の事実関係が明らかにならないことには何とも言えないと思う。佐藤氏の言動についても同様のはずである。私が上記のように「いつものように思惑がいっぱい詰まっていそうな佐藤優氏の発言」と本心を書いたのは、渡瀬氏のように根拠も示さず佐藤氏を賞賛する人物が後から後から続々と湧くように出てくるからである。金光翔氏などから普遍的見地に立った重大な批判が出ても全員で申し合わせたように無視・黙殺。卑劣といおうか醜悪といおうか。私の知るかぎり、言論人や物書きなどがこれほど思考力や誠実さを喪失した時代は戦後なかったように思うのだが、さて、渡瀬氏が述べるように琉球新報の記事を「なんとなく読み流」さず、「じっくりかみ締め」たら、はたして何が明らかになるのだろうか? なんだか、歯だけではなく頭まで痛くなりそうな気がするのだが…。

そもそも佐藤優氏は、自分も官房機密費を30万円もらったと早くから述べているではないか。…と、ここまで書いてきて、渡瀬氏のブログにこの件を扱った記事があるのではないかとブログを訪れて検索してみたところ、この件は見つからなかったが、6月22日発売の『週刊朝日』掲載の「外交機密費を受け取った新聞記者たち」という佐藤氏発言についての記事があった。要するに、これは佐藤氏が外務省にいる時、新聞記者たちに機密費を流したという話のようである。以下は渡瀬氏のブログからの引用である。

「わたしは快哉を叫んだ。
佐藤氏は、語弊をおそれずにいえば、自らの「罪」を語っているのである。
つまり、自分の経験を踏まえた上で、外務官僚がどのようにしてマスコミの記者たちを手なずけて、情報操作のために働かせる状況をつくり出すのか、を語った。
内部事情を知り尽くした人の発言だけに、意味がある。
おそらくは、佐藤氏のこの国における「官僚支配」の強化に対する危機感が、そうさせているのだろう。
受け取った新聞記者が特定できるような話し方をしていないところは、大人の対応というべきか。」

ライターとして恥ずかしいとしか言いようのない内容の文章ではないだろうか。こんな調子では、佐藤氏が官房機密費をもらっていたことも、今「自らの「罪」を語っている」のだから、「立派!」ということになるのだろう。しかし、30万円をもらったことがあると話した時の佐藤氏の態度、口調には自分が悪事をなした、あるいは悪事に加担したというような忸怩としたもの、恐縮した様子、恥じ入った気配などは、微塵も感じられなかった。むしろ勝ち誇ったような気配があった。そのように私は感じたのだが、渡瀬氏の感想は如何に? また、佐藤氏は、昨年「背任・偽計業務妨害」有罪が確定した時には、『サンデー毎日』誌上で、

「率直に言いましょう。支援委員会は背任のための組織です。日本しかカネを拠出していない“でっちあげ国際機関”を作って会計検査院の検査から逃れ、外務省が単年度で使い切らなかった通常の予算をプールできるようにした。打ち出の小槌です/私的な流用さえなければ構わないというのが我々の認識でした/(しかし)カネが目的外に使われるという検察の言う背任の意味では……(支援委員会も)背任機関でしょう。たとえば要人の招待は配偶者の航空費や滞在費が出ないが、「背任機関」があればカネを持ってこられる…」

と述べて、著書を読めば佐藤氏が中心になって運用・活用していたことが明白だと思われる「支援委員会」なる組織の実態がいかに胡散くさいものであったかを自ら認めている。これについての渡瀬氏の感想は如何に? これもまた佐藤氏は「自らの「罪」を語っているのである」から、立派である、ということになるのだろうか? しかしおそらく佐藤氏は、上述した3件のすべての場合において、渡瀬氏が見せているような反応をあらかじめ見越した上で話していると思う。自らが責任を問われることは決してなく、渡瀬氏のように「快哉を叫ん」でくれる人が後を絶たないのだから、それは堪えられないはずだ。発言の牽制効果もいっそう強まることだろう。


8月20日朝、一部文章の訂正をしました。
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2010.08.19 Thu l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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