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金光翔さんが、佐藤優氏と共に名誉毀損罪で告訴している『週刊新潮』(正確にいうと、被告は、「新潮社」および「『週刊新潮』前編集長」だが、問題の記事が載ったのは『週刊新潮』である)は、つい数カ月前にも、87年に発生した「朝日新聞阪神支局襲撃事件」に関して重大な誤報事件を起こしたばかりである。松本サリン事件の被害者である河野義行さんや沖縄で発生した米兵による少女強姦事件被害者の少女とその家族に対する中傷・捏造記事、そして数多くの言論弾圧煽動記事など、『週刊新潮』が過去に引き起こした人権侵害事件は数えだすときりがない。
『週刊新潮』の創刊は、1956年(昭和31年)というから、もう50年-半世紀を過ぎたことになるが、ホームページを見てみると、『週刊新潮』の広告というか紹介文のなかに次のような文面があった。

「 50年という長い時を経ても、「週刊新潮」の編集方針は、創刊当時から全くと言って良いほど変わっていません。
 何より、文芸出版社から発行される週刊誌として、常に「人間という存在」を強く意識した記事作りをしています。それはまさに「殺人事件を文学としてとらえる」ことでもあります。偽善を嫌い、人間の本質に切り込む姿勢は、時に「世の中を斜めからシニカルに見ている」と評されることもあります。
 また、皇室、学界、右翼、左翼、宗教団体、暴力団、日教組、動労……時代により、その対象は変わりますが、あらゆる“タブー”に挑む姿勢も一貫しています。
 最近では、「加害者の方が、被害者より手厚く保護されている」という少年犯罪の不可解な“タブー”を問題にし、少年法が改正されるに至っています。
 世の中が左に振れても右に振れても、「週刊新潮」は常に変わらぬ主張を堅持し、その一貫した姿勢が読者に支持されてきました。今後もマスコミ界の「剣鬼」として、「魔剣や凶刃」に磨きをかけていきたいと思っています。」

感想として最初に言いたいのは、「「加害者の方が、被害者より手厚く保護されている」という少年犯罪の不可解な“タブー”を問題にし、少年法が改正されるに至っています。」という自画自賛(?)の文面についてである。『週刊新潮』が、いかなる犯罪に対しても、「加害者を厳罰に!」と一貫して主張してきたことはたしかだ。しかし、その分、彼らが被害者に対して配慮をみせてきたかというと、決してそんなことはないだろう。『週刊新潮』の論調は、自分たちの気に入ったとおぼしき一部の人を例外に、被害者に対してどの雑誌よりも無慈悲であり、同情的どころか、中傷・捏造記事の対象にしつづけてきたように思う。上述した河野義行さんや米兵による沖縄の被害少女に関する記事、それから2004年のイラク人質事件の際の被害者に対する中傷記事のように。その上、弁解の余地のない過ちを指摘され、被害者側から抗議されても決して素直に認めもせず、誠意ある謝罪もしない。河野義行さんの場合も本当に酷かったが、「朝日新聞阪神支局襲撃事件」の記事が誤報だったと認めざるをえなくなったときも、編集長はインタビューで「我々に捜査権はない」などと、“だから誤報も仕方ない”と言わんばかりの、ともかく大変珍妙な論旨の話をしていた。

「殺人事件を文学としてとらえる」「偽善を嫌う」という『週刊新潮』の自己評価は正確か?

さて、「何より、文芸出版社から発行される週刊誌として、常に「人間という存在」を強く意識した記事作りをしています。それはまさに「殺人事件を文学としてとらえる」ことでもあります。偽善を嫌い、人間の本質に切り込む姿勢は、時に「世の中を斜めからシニカルに見ている」と評されることもあります。」との文面だが、ここで述べられている内容も「偽善を嫌い」との自己評価に反して、一種の「偽善」ではないだろうか? 始終、人権侵害記事や言論弾圧の煽動記事を書いておいて、「文学」を騙るのは止めてほしいと私は思うが、『週刊新潮』が自分たちをそのような存在として規定する根拠をどこにおいているのかというと、新潮社が毎月文芸雑誌を発行し、多くの小説家や詩人の著作を刊行している会社であるところに、ではないだろうか。また「新潮文庫」には、ドストエフスキーやトルストイなど世界の文豪の諸作品がきら星のごとく揃ってもいる。長く『週刊新潮』の編集長を務め、斉藤十一氏とともに今の『週刊新潮』の基礎を造ったといわれる野平健一氏は、「キザないい方だが、人間の名において仕事をしているつもりです」(亀井淳著「反人権雑誌の読み方-体験的「週刊新潮」批判-」と述べていたようだが、この人は、生前の太宰治の担当編集者でもあったらしい。その縁が効いているのかどうかは分からないが、「新潮文庫」には太宰治の作品も多数入っている。ホームページの『週刊新潮』を紹介する文章に、自ら「殺人事件を文学としてとらえる」とか、「偽善を嫌い、人間の本質に切り込む」などと表現しているところをみると、『週刊新潮』は上記の名だたる文学者たちの威光が自分たちの記事の上にも射しているとでも勘違いしているのではないだろうか。率直にいって、『週刊新潮』の記事内容は他の二流・三流といわれる週刊誌のものよりもずっと冷酷・残忍さを感じさせることが多い。それは、『週刊新潮』の勘違いの自己認識が、現実との矛盾などでいくつもの屈折を経た末にそのような事態というか現象を招いてしまうのではないかという気もする。

『パルチザン伝説』事件

一例として、早世した小説家の桐山襲氏の場合が考えられる。桐山氏は、83年、小説『パルチザン伝説』を雑誌『文藝』に発表した際(これは氏のデビュー作であった)、『週刊新潮』の煽動によって右翼攻撃をうけ、大変な災厄を被った一人であった。桐山氏は、事件後4年を経て、この出来事を詳細に振り返った一冊の本「『パルチザン伝説』事件」(作品社1987年)を刊行しているが、昨年私は久しぶりにこの本を再読してみた(『週刊新潮』とは無関係の事件なので、今回はあまり触れないが、その際、「『パルチザン伝説』事件」だけでなく、61年にこれまた右翼が引き起こした中央公論社の「風流夢潭事件」の際、担当編集者として否応なく事件の渦に巻き込まれることになった京谷秀夫氏と、当時やはり中央公論の社員であった中村智子氏が、後に事件を振り返って纏めた二冊の本(京谷秀夫著「『一九六一年冬「風流夢譚」事件』」・中村智子著「『風流夢譚』事件以後-編集者の自分史-」)も改めて読んでみた)。

金光翔さんの論文の発表、その直後の金さんを揶揄・中傷する『週刊新潮』の記事、そして『週刊新潮』の記事に便乗するかのような岩波書店および岩波書店労組による金さんへのいやがらせ、等々を知るにつけ、この出来事には、右翼団体こそでてこないが、出版界に起きた過去のこれらの事件を思い起こさせる何かがあると感じた。一番衝撃的だったのは、金光翔さんが所属する岩波書店が『週刊新潮』に同調し、佐藤優氏を全面的に庇い立て、社員である金さんを迫害する姿勢をとったことだった。金光翔さんのブログの文章を読んでいて、私が一番ショックをうけたのはそのことだった。

改めて「『パルチザン伝説』事件」を読んでみると、今回の出来事といくつかの共通点も感じられた。まず、攻撃をしかけてきたのがともに『週刊新潮』だったこと、次に、小説と論文の違いはあるが、雑誌発表の時点で二人とも無名の新人だったこと(立場が弱く、『週刊新潮』の餌食になりやすかった)、それから、方法は異なるが、攻撃に対して二人とも泣き寝入りせず闘う姿勢をみせたこと、など。ただ、金さんの場合は、周辺からの攻撃が激しかったので、桐山氏に比べてさらに孤立無援の立場に追い込まれたように思う。

「風流夢譚事件」について書いた二人の著者もそうだと思われるが、桐山氏の場合も、この事件を一冊の本に纏めたのは、何といってもこの事件を今後の教訓にしてほしい、「言論・表現の自由」の敗北の歴史をこれ以上積み重ねることなく、状況をよい方向に導いてほしいという念願があったことはまちがいない。これらの本を読んで切実に感じるのは、何にもましてこのことだった。でも、その後の経過をみると、事態はこの人たちが願う方向には進まなかった。それどころか、現状は当時よりさらに悪化していると思われる。そのことは、「<佐藤優現象>批判」を発表した金光翔さんがどのように遇されたかをみればわかる。京谷秀夫氏が上記の本を最初に出版したのは、83年、晩聲社からだった。それから十数年後の96年に今度は平凡社から再刊行をはたしているが、その「後書き」で、この新たな出版について京谷氏は、二度も「恥ずかしい」と述べている。その意味についての説明はないが、もしかすると、自身があの重大事件について思考に思考を重ね、内省に内省を経た上で、いわば満を持して筆をとったにもかかわらず、真摯な受けとめられ方をしていない、現状に役立っていないという無力感を噛みしめるところがあったのではないのだろうか。

しかし、これらの経験に学ぶところは今も多いはずである。そのように信じるので、今回、「『パルチザン伝説』事件」中の桐山氏の発言を少しみてみたい。日本の出版文化の現状、そのなかにおける『週刊新潮』という雑誌の性質と存在感について理解するための手助けになると思う。

『週刊新潮』は25年も前から、「またもや『週刊新潮』の記事で、言論弾圧が組織された」という評価をされていた

『パルチザン伝説』という小説は、桐山氏が自身で述べているところによると(エッセイ「亡命地にて」)、「東アジア反日武装戦線がかつて企図した現実の事件の衝撃力を受けとめ、そこから、この国の<戦後>というもの、また1968年から現在に至る<この時代>というものを考察し、文学的に表出しようとした作品」であった。事実、83年9月7日、『パルチザン伝説』が載った『文藝』10月号が発売されると、この小説はまもなく各新聞の文芸時評欄で注目すべき作品として取り上げられ、下記のように好意的かつ穏当な作品批評をうけている。

○9月24日 奥野健男 「国家体制への深層意識的批判がはじめて文学作品として表現されて来たことに大きな感慨を抱かざるを得なかった」(サンケイ新聞夕刊)
○9月24日 菅野昭正 「天皇制という思想問題の重さと、物語的な面白さを持続させるエンターテインメントを結びつけようとする野心が、ここには感じとれる」(東京新聞『文芸時評』)
○9月28日 篠田一士 「日本という国を外側から見据えようと、懸命に努力している」(毎日新聞夕刊)

しかし、9月29日に『週刊新潮』は、「おっかなビックリ落選させた(注:「文藝賞」のこと)『天皇暗殺』を扱った小説の『発表』」とのタイトルの下、各新聞紙、電車に大きな広告を載せた。桐山氏は、「その日のうちに、右翼の宣伝車が河出の前に停まって激烈な放送を行なうという形で第一波の攻撃が開始されますから、新潮社と右翼の動きは文字通り連動していたと言うことが出来ます。」と述べている。『天皇暗殺』などという言葉は作品のどこにもないにもかかわらず、『週刊新潮』はそのような言葉を大々的に広告に載せているのである。

「『パルチザン伝説』事件」には、「またもや『週刊新潮』(10月6日号)の記事をきっかけに右翼が動き出すという形で、言論弾圧が組織された」という、『インパクション』掲載の天野恵一氏の意見も収められている。この意見は当時私などが『週刊新潮』にもっていたイメージとも一致する。『週刊新潮』は、四半世紀前からすでに「言論弾圧」の常習雑誌として名高かったのだ。

桐山襲氏「『週刊新潮』は、第一級の「煽動機関」」

下記は87年時点における桐山氏の発言(インタビュー)である。興味ぶかい内容だと思うので、長くなるが引用する。

「この記事の第一の問題は、「第二の『風流夢譚』事件か――」という書き出しですね。右翼の動きが全く存在していないにもかかわらず、このような書き方をすること自体、明らかに一つの煽動になっているわけです。そして「風流夢譚」の痛快性のある文体を引用した上で、「第二の『風流夢譚』事件を誘発しかねない題材」であると決めつけているわけですね。「誘発しかねない」などと実にイヤらしい書き方をしていますが、誘発させたくてしかたがないという新潮社側の劣情が、非常に露骨にあらわれています。
 第二の問題は、「天皇暗殺」という、小説の中には全く存在しない言葉を使って、しかもそれを大きな見出にして、煽動していることですね。このようにすれば、「パルチザン伝説」=「天皇暗殺」ということになってしまうわけですね。別にそういう作品が存在してもかまわないですけど、「パルチザン伝説」は暗殺のスリルで読ませるような小説ではないわけです。だいたい「天皇」なる人物が登場してこないわけですから。それに、これは作者と言葉との関係ですけど、一人の作者には、その作者が思想的・感覚的に使わない言葉というのがあるんですね。私の文体でいえば、「暗殺」という言葉はまず出てこない。そういう言葉は、感性的に非常に遠いわけです。
 第三の問題は、「覆面を脱がない作者」という二段ヌキの見出しを掲げて、作者追及の煽動を行なっていることです。この記事の中の人名は、「深沢七郎氏」とか「野間宏氏」とか、すべて敬称がつけられているんですが、私の場合だけは「気になるのはやはり桐山襲なる作家の正体だ」という具合に、意識的に呼び捨てにして、あたかも「犯罪者」であるかのような形にして、煽動しているわけですね。
 第四の問題は、「ある作家がいうには」という形で、どこの誰とも知れない人物を登場させて、全くのデタラメを述べさせ、その言葉によって煽動している点です。「実は、僕はあの小説のモトの作品を読んだんですよ。去年、文藝賞に落ちてすぐのころだったと思うんですが、地下出版されかかったことがあるんです。そのまま日の目を見ないのは惜しいという誰かの意思があったようで、とにかくそのゲラを手に入れた人が見せてくれましてね。まあ、構成などの点では現在発表されているのと大して変らないんですが、ただ、天皇に関する表現は、かなりヒドいものでした。それにしても、ああいう内容のものをよく書いたなあ、と思いましたよ」――という調子ですね。
「地下出版されかかった」とか、「そのゲラ」とか、全くのデタラメであるわけです。つまり、新潮社は、現にある「パルチザン伝説」だけではどうも右翼が怒りそうもないから、その「モトの作品」をデッチ上げて、それでフレームアップしようとしているのですね。
 こういうふうに、匿名の人物を最後に登場させて、その言葉によって疑惑をかき立てるというのは、新潮社のいつものやり方なんですね。作者の匿名が気になるなんて言いながら、自分の方はいつも架空の人物を登場させて、全く事実に反することを言わせて、フレームアップしているんです。これは明らかに「報道」というよりは「煽動」と呼ぶべきで、新潮社というのは、第一級の「煽動機関」であるといえると思います。
 以上がだいたい新潮社の記事の問題点ですが、このことから分かるのは、記事がたまたま右翼の動きを誘発させてしまったなどというものではなくて、最初から右翼を煽動して騒ぎを起こすことを目的として書かれた記事だということです。最初から右翼を煽動し、「第二の『風流夢譚』事件」をつくり出す意図が存在していたわけです。そういう点で、「パルチザン伝説」事件を考えるとき、この新潮社の問題が一番大きいと言えます。

 ―― 新潮社がこういう書き方をしなければ、騒ぎにならなかった可能性が大きいと思いますね。作品の質からみても、右翼が読んですぐに激昂するというタイプのものでもありませんし。

それはそうです。『週刊新潮』以前に幾つもの新聞が紹介していても、何の動きもなかったわけですからね。しかし、そういう仮定の問題はあまり意味がないんです。問題は、新潮社が明らかに「第二の『風流夢譚』事件」を煽動する記事を書いた。そして現実に右翼が動いたという、この歴史的な事実なんですね。だから、極言するならば、「パルチザン伝説」事件というのは、<右翼と表現>の問題というよりは、<新潮社と表現>の問題だとさえ言うことが出来ると思います。

ここでの問題点(筆者注:右翼の攻撃以降のマスコミおよび識者等の発言)は、やはり、新潮社に対する批判がきわめて弱いこと、それから、「風流夢譚」からの類推で事件を考えるという安易な思考が主流となって、個別の問題点が深められていないこと、などがあげられるでしょう。「風流夢譚」の時代に比較してさえ、ジャーナリズムと知識人が、問題を基本的に考えるという能力を喪ってきているということが明らかになったと言えますし、こういう文化状況こそが、真に危機的なのだと言えます。また、そういう状況であったればこそ、私は、抗議声明を一発出して終わるという形を取らずに、単行本化への出口をもとめていったわけです。

―― 新潮社に関する問題に戻りたいと思います。新潮社への批判は、いま言われたように数少なかったわけですが、実はこれは大変な問題だと思うんです。どこかの四流出版社がああいう形で右翼を煽動したのならともかく、新潮社というのは、多くの作家や批評家が本を出している大出版社なわけですね。そういうところが、表現の自由・出版の自由を圧殺するようなことをやって、作家や批評家たちが何も声を挙げない。これは世界的にみても、類例のないことだと思うんですよ。

頽廃ですね、ひと言で言えば。例えばヨーロッパなんかで、ガリマールがああいうことをやったら、それこそ大変な騒ぎになりますよ。むこうの作家は、物を考えますからね(笑)。

―― そういう状況であれば、新潮社は最初からああいう記事は書かなかったわけですね。それはそうです。日本の出版界というのは、きわめて特殊なんですよ。(略) いま、頽廃と言われましたが、出版弾圧をまのあたりにして、新潮社から本を出している人たちが頬かむりしているということは、頽廃と言っただけでは済まないような気がしますが。

その辺は、日本の文筆家の下部構造から見なければいけないと思います。本当に書きたい小説だけ書いて喰っている作家というのは、数多いようでいて、実は少ないんじゃないでしょうか。そのほかの人たちは ―― 大学の特権的なポストに安住しているような連中は論外として ―― ジャーナリズムのさまざまな場所に雑文を書いて喰っている、喰っているというよりは金を蓄めているという雰囲気もありますけど。中曽根内閣の文化庁長官だった三浦朱門氏なんかは、長官時代に「強姦する体力がないのは男として恥ずべきことだ」とかなんとか、スポーツ誌とかにまで書いているでしょう。大そうな月給もらって、その上そんなにまでして金が欲しいのかと思うけど、まあ、そうやって皆さん生活しているわけです。だから、彼らにしてみれば、大新潮社を批判するなどということは、平社員が社長を殴るみたいなもので、とても怖くて出来ないんだと思いますね。そういうふうに、日本の文筆家というのは、知識人である前に売文奴隷みたいなところがありますから、新潮社が何をやろうと、自分とは関係ない、自分だけ喰えればいいということになるんじゃないでしょうか。
 非常に貧しい話ですが、「社会的責務」という言葉ほど、日本の作家に遠いものはないんですね。それでいて、国家が戦争でも始めれば、昔みたいに「従軍記」みたいなものを皆書くようになるのでしょうから、「社会的責務」には関係なくても、「国家的責務」には敏感なんですね。

―― 以上からひき出されることは、日本の作家なり文筆家なりが、<表現の自由>を守るなどということとはほど遠い、きわめて絶望的な状態にあるということですね。

絶望的ですよ。そんなことは、分かりきったことです。しかも、こういう時代の中で、ますます絶望的になっていっている。本当の売文奴隷だけが生き残っていくと、私は考えています。しかし、重要なことは、そのような中にも、今回私を支えてくれた人たちは陰に陽に存在したわけで、全体としていくら絶望的であっても、そこのところは忘れてはならないと思います。

―― ある意味でいえば、「パルチザン伝説」事件が、日本の作家やジャーナリズムにとって、試金石だったわけですね。

小なりといえども、「最後の審判」だったんですよ(笑)。」

以上、長い引用をしてきたが、桐山氏は、同書の別の箇所で下記のような発言もしている。

事件をきちんと語り、総括することの重要性

「右翼が社前に来たとき、河出としてはやはり「風流夢譚」を思い浮かべたんだろうと思うんです。あのときのようになるんじゃないか、ということがすぐに連想されてしまって、非常にビビったと思います。明らかに、「風流夢譚」が河出にパニックをひきおこして、その結果が早期の敗北につながっていったと考えられます。/しかし、注意すべきは、「風流夢譚」が一個のパニックとなりえたのは、河出=出版界がそれを総括していたからではなくて、逆に全く総括していなかったからなのではないか、私はそう考えています。(注1)/「風流夢譚」事件以後、天皇制をめぐる表現は常に“過剰恐怖”ともいうべきものに支配されてきたわけですが、その“過剰恐怖”を少しでも取り除く方策というのは、過去の事件に対する客観的な総括以外にはないんですね。何よりもまず当事者が、敗北を敗北として認め、その過程を明らかにすることが必要です。ことは紛争である以上、勝ち敗けはつきものであるし、敗北したということはそれだけで恥かしいことではないんですね。「風流夢譚」事件以降の幾つかの事件は、敗北を敗北として語らなかったことによって、いっそう状況を困難なものにしてきたと言えると思います。」

秘密にしてしまって内へ内へと籠もり、自分たちだけでこっそり片をつけようとする姿勢では何も解決できない。敗北を繰り返すだけだと述べているのだと思われるが、似たような提起は、京谷秀夫氏からもなされている。

「ペンが剣より強くなるためには、ペン本来の機能を最大限に発揮しなければならないのは自明の理というものであろう。」「たとえば、ジャーナリズムとしての『中央公論』は、その編集に従事する者たちの企画に対して、理論・思想、あるいは芸術作品を提供してくれる数多くの執筆者と、それを読んでくれる広範な読者によって成立していることを考慮すれば、この二者を埒外において、基本的な編集に関する問題について、右翼であれ、左翼であれ、特定の団体・組織と取引きすることが、彼らとの相互信頼のうえから許されていいものだろうか、ということである。」(『一九六一年冬「風流夢譚」事件』)

これらの指摘は、「天皇制をめぐる表現」についてのみに該当するわけではないと思うが、「天皇制タブー」が存在すれば、そしてこのタブーが強固であればあるほど、他のタブーもより多く生じ、それぞれのタブーはよりいっそう強まっていくのではないかと思う。ここ数年、そのタブーの一つとなってしまっているのが佐藤優氏だろう。だから、たかだか一介の物書きに対し、異論・反論を述べるのに勇気が必要とされる、勇をふるってそれを述べれば、みなで寄ってたかって排除にかかる、というような異様な状況が生まれるのだろう。しかし、本来、批評は日常的な当たり前の行為のはずである。傑作といわれる作品は、文学作品であろうと思想書であろうと、きびしい批判に耐える力をもっているからこそすばらしいのである。公的に発表された文章に対し、沈黙か褒めそやすことしか許されない現状はあまりにも異様である。。

さて、桐山氏の発言で気になることは沢山あるが、その一つは、「極言するならば、「パルチザン伝説」事件というのは、<右翼と表現>の問題というよりは、<新潮社と表現>の問題だとさえ言うことが出来ると思います。」という言葉である。これを受けて、インタビュアーは、「新潮社というのは、多くの作家や批評家が本を出している大出版社なわけですね。そういうところが、表現の自由・出版の自由を圧殺するようなことをやって、作家や批評家たちが何も声を挙げない。これは世界的にみても、類例のないことだと思うんですよ。」と述べているが、この会話は、いまさらながらではあるが、重要な内容だと思う。(注2)

『週刊新潮』を発行している新潮社に違和感をおぼえながら、私なども新潮文庫をわりあいに数多く買っている。私の場合、ほとんど古本ではあるが、それでも割り切れなさ、不本意な感触は残るのである。

「「風流夢譚」が一個のパニックとなりえたのは、河出=出版界がそれを総括していたからではなくて、逆に全く総括していなかったからなのではないか、私はそう考えています。」、「「風流夢譚」事件以降の幾つかの事件は、敗北を敗北として語らなかったことによって、いっそう状況を困難なものにしてきたと言えると思います。」という桐山氏の発言もよく噛みしめるべきであろう。金光翔さんが論文発表後の出来事をブログを通してすべて公にしてきたことは、誰のためにも本当によいことだったのだ。正直なところ、私は最初、訴訟にそれほど積極的な意義を感じとることができなかったのだが、今は、真相は明らかにされなければならないこと、そして真相を明らかにする方法は提訴以外になかったのだと理解できる。


(注1)
『文藝』編集部は、右翼に怯えながらも、当然のことではあるが、精一杯桐山氏の身を守る姿勢は見せている。また桐山氏の発言から、氏もそのことをきちんと理解していることがみてとれる。

(注2)
河出書房新社から出版予定だった「パルチザン伝説」は、河出が右翼の要請を受け入れたことにより刊行中止となった。しかし、翌84年、<刊行委員会>の尽力によって単行本が出た。これに対し、『週刊新潮』・右翼とも動きはなかったそうである。私は<刊行委員会>の構成メンバーについて何も知らないが、この人々は、桐山氏のいう「社会的責務」を果たしたということになるだろう。出版にあたって<刊行委員会>は下記のメッセージをだしている。

「刊行の辞」
 わたしたちは、雑誌「文藝」1983年10月号掲載の桐山襲著「パルチザン伝説」をめぐる一連の事態を、言論に携わるものにとって看過できない問題として注視してきた。
 言論の自由に対する右からの攻撃に対して為すところなく蹂躙に委せたことは、共に遺憾とするところである。また、文藝作品をもっぱら興味本位に取り上げこれを挑発した週刊誌記事、攻撃の実態を明らかにすることなくひとり自主規制の道を選んだ版元の姿勢、そして著者の意志をふみにじり無断刊行した出版社、および事態に対する無責任な発言、報道、これらはいずれも今時の言論表現の自由を守る上で出版人自らも大きな禍根を残したというべきであろう。
 こうした気運を放置することは執筆者・版元間に一層の自主規制を強いる危険につながる。一篇の小説を現実に守りえずに如何なる言論の自由も存在しない。すべての言論人は己れ自身の問題としてこれを肝に銘ずべきである。
 わたしたちはいっさいの表現の自由の侵犯に対する抗議の表明として、ここに桐山襲作品集を著者の望むかたちで刊行する。
 1984年5月
刊行委員会記 


桐山氏の談話

――この<刊行委員会>というのが大きな力を発揮したと思いますが、メンバーについては言えないでしょうねえ。

言えませんねえ(笑)。少なくとも私よりは著名な方々だということだけです。
2009.10.11 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
金光翔さんは6月12日、新潮社・早川清『週刊新潮』前編集長・佐藤優氏を提訴しましたが、その裁判はすでに9月から始まっているとのことです。その金さんを支援するために、先日、有志の方々が「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」を出し、署名を募っています。
私も声明に賛同する署名をしましたが、この問題に関心のある方がいらっしゃいましたら、下記のブログをご覧ください。

「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」
http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-23.html

上記の声明に私が賛同する理由ですが、当ブログの「カテゴリー」における「言論・表現の自由」「文芸」欄の拙文(記事数が少なくて恐縮です。これからぼちぼちとですが、書きつづけます)を見ていただければ、ご理解いただけるかと思います。私たち人間は生きていく上で誰もが自由な言論、自由な表現を日々必要としています。これなくしては、精神は窒息し、涸れていくほかないはずです。歴史は(特に日本の過去の歴史は)そのことを明確に証明していますし、だからこそ、「言論・表現の自由」は、人権の中でも最重要の条件・要素の一つとされているはずです。しかし現実の日本の文化・言論の状況を見ると、出版界やその周辺の人々にその認識は薄い、またはほとんど皆無のようにさえみえます。金さんへの数々のいやがらせや弾圧をみると、そのことが実感されます。このような中で、この現状に抗しながら金光翔さんが提起している問題は、「言論・表現の自由」の基本そのものへの問いであり、きわめて重要だと思;っています。

追記-佐藤優現象は、はじめから言論封殺を伴う性質をもっていたのではないかと思います。
2009.10.08 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
『週刊金曜日』は、定期講読者ではないので、毎週読むわけではないが、偶然読んだ掲載記事につよく感応してしまうということがこのところ2回ほどあった。
近いほうの例は、2009.07.10号の「「国策捜査」追認する最高裁 佐藤優氏上告棄却で有罪に」という記事。筆者はジャーナリストの青木理氏で、佐藤優氏の上告が6月30日付けで棄却されたことをうけての文章である。
一読後、内心にひどく引っかかるものがあったのだが、それは下記の部分であった。

「今後、佐藤氏は「起訴休職中」というくびきから離れ、むしろ活躍の幅は広がるだろう。そのさらなる旺盛な言論活動に期待すると同時に、検察の捻り出した虚構に付き従うことしかできない司法の砦=最高裁の滑稽な佇まいには、徹底的に唾を吐きかけておきたいと思う。」

上記の文章を3つの部分に分けて感想を記すが、まず、①は、「今後、…むしろ活躍の場は広がるだろう」という箇所。これについては、青木氏が述べるとおりに佐藤氏の活躍の幅がこれからさらに広がるのだとすれば、佐藤氏の言説内容を評価しない当方としては辟易する。そうとしか言いようのないことだが、それよりも興味ぶかく感じたのは、②「さらなる旺盛な言論活動に期待する」という青木氏の発言だった。これを見ると、青木氏は現在の佐藤優氏の言論活動を高く評価しているということだと思うが、佐藤氏の言説の何を、どのような発言をすばらしいと思い、今後への期待につなげているのだろうか?

佐藤氏が事実「国策捜査」の被害者であるかどうかについては、私は訴訟記録も見ていないし、有罪、無罪を判断できるような情報も何ら持ち合わせていないので、正直なところ分からない。一般に流布されている裁判に関する情報から推測すると、「背任」を問われた3349万円の支出には事務次官の決裁がされているということだし、有罪の確実な証拠はないようにも思える。ただ、佐藤氏が著作や対談や雑誌・新聞記事などで自分の事件について述べている文章を読んでいると、その説明内容にふつふつと疑念が湧いてくるというのもまた事実である。

疑問の一つなのだが、佐藤氏は、なぜ、自分が「国策捜査」の被害者だと訴え、控訴、上告をつづけながら、これとセットのように、ことあるごとに、「国策捜査の必要性もよく理解しています」「国策捜査は必要と考えています」(獄中記)という主旨の発言を繰り返すのだろうか。自分はこれまで国策捜査そのものを否定したことは一度もない、と強調している文章も私はどこかで見かけた記憶がある。このような見解をきくと、私などは「それならば、もう裁判を打ち切って、おとなしく判決を受け容れることにしたらどうか」と思うのだが、佐藤氏はどのような意図でこの発言を延々と繰り返すのだろうか。

自分への国策捜査は承認できないが(上訴するということはそういうことだろう)、他人の場合は必ずしもそうとばかりはいえない、という意図をもって述べているのだろうか(そういえば、朝鮮総連への国家的弾圧について、国策捜査はこういうときにつかうものだ、と弾圧を推進する旨の発言をしている文章を読んだことがあった。)。または、このような発言をすることによって、検察やその他の国家機関にひそかなメッセージ、アピールを送っているつもりなのだろうか。それとも、これらのこととは全然別の、何らかの考えや思惑があるのだろうか。

佐藤氏の定義によると、「国策捜査」も無実の罪 ― 冤罪には違いないようである。冤罪を訴えている人物が、冤罪も必要な場合がある、などと発言することは普通まずありえないし、倫理的にもあってはならないだろう。しかし、佐藤氏はその見解を何年にもわたって述べ続けている。忠告する人も、疑問を呈する人もいないようだ。佐藤氏自身、自分の言動に矛盾を感じないのだろうか? このような発言は、現に、冤罪を訴え、冤罪に苦しんでいる人の立場や環境にじわじわと悪影響をもたらす可能性も十分に想定されると思うが、佐藤氏はこのようなことに考えをめぐらすことはないのだろうか?

また、佐藤氏が責任を問われた「背任罪」は、イスラエルに関連しての事件のようだが、大変気になるのは、佐藤氏とイスラエルとの関係である。佐藤氏は誰はばかることなくイスラエルへの自分の絶大な傾倒ぶりを口にしているが、この事件および裁判に、イスラエルと佐藤氏の関係は何らかの影を落としていないのだろうか。「国家の罠」「獄中記」でもイスラエルに対する言及は夥しくなされていて、イスラエルに対する如何にも好意的な記述は印象に残ったのだが、驚いたのは、2006年および2008~2009年に起きたパレスチナに対するイスラエルの大虐殺の最中、佐藤氏が全面的にイスラエルを擁護し、その上、日本外務省に対してもっと完全にイスラエル側につくようにと明確な要請をしたことだった。佐藤氏のこの言動 ―― 特に外務省への要請は、佐藤氏を「国策捜査の被害者」扱い一辺倒だったこれまでの見方に再考を促すに十分な出来事ではなかったかと思う。

以上、佐藤氏に対する2つの疑問点を記したが、青木氏は、これらの点についてどのような見解をもっているのだろう。上記のような疑問は、おそらくは多かれ少なかれ誰の胸にも浮かぶと思われる疑問なのだから、最高裁の判決が下りた今、青木氏が、佐藤氏を国策捜査の被害者であると読者や社会一般にむかって断言するのならば、誰にいわれなくても、上記の疑問点について自分のほうから率先して佐藤氏に質問し、調査検討して、読者に説明するのが責任ある姿勢ではないかと思う。

佐藤氏は、2006年11月に刊行された「インテリジェンス武器なき戦争」(幻冬舎)において、

「アラブの原理主義やパレスチナの極端な人たちの中から、「佐藤は日本におけるイスラエルの代弁者だ」ということで、「始末してしまったほうがいい」と言ってくる人たちが出てくるかもしれない。それはそれでかまわない。それを覚悟で贔屓しているわけです。しかしそれと同じように、アラブを贔屓筋にしている人たちは、イスラエルにやられても文句は言えないですよという話です。たとえばアルカイダ、ハマス、ヒズボラのテロリストを支援するような運動をやった場合、これはイスラエルにとって国家存亡の問題ですから、その人は消されても文句は言えない。それくらいの覚悟が求められる贔屓筋の話だと思います。」

と述べている人である。パレスチナに対するイスラエルの虐殺、占領・封鎖政策に心を痛め、批判する人々への脅迫に等しい発言内容だが、このような恐るべき発言をした人は、戦後、文芸や言論に携わってきた人のなかに一人もいなかったと思われるが、こういう発言に沈黙し、容認したまま、「さらなる旺盛な言論活動に期待する」という青木氏の姿勢も私は不可解である。佐藤氏の上記の発言は、金光翔さんの論文「<佐藤優現象>批判」が発表された際の言動をはじめとして、自分が批判された場合に佐藤氏がみせる対応とふかく関係していると思うのだが、佐藤氏に対して上記のような期待の言葉を述べる青木氏は、ジャーナリストとして、佐藤氏の上述の言動をどのように解釈し、評価しているのだろうか。

これは青木氏にかぎったことではないが、佐藤氏の周辺の人達は、もし自分自身や周囲の人間が何者かに言論・表現に関して干渉や圧力をうけた場合、一体どんな対応をとるのだろう。言論・表現の自由に対する侵害だ、と憤ったり抗議したりするのだろうか。しかし、自分のすぐ身近で生じたこのような露骨な人権侵害に一度見て見ぬふりをしたり、容認してしまったら、自分自身が被害をうけた際に、そのような言葉を口にすることはできなくなる、少なくとも大きな矛盾を露呈することになると思うのだが…。また、自分が言論の場で誰かにきびしい批判をあびた時にどうするかという問題もある。それから自分の近親者(親、子、夫、妻、兄弟姉妹 etc.)や親しい友人が言論活動をしていると仮定して、その人が、誰かに批判をうけた場合に、佐藤氏のように、言論に言論で応じることをせず、週刊誌での恫喝や裏工作に走るような態度をとったとしたら、そのときどうするかという問題もある。この人々はその場合も黙認するのだろうか。悲嘆しないのだろうか。しかし、そのようにして、佐藤氏のような対応・言動が、言論界や社会のあちらでもこちらでも、とあたりまえのようにはびこりだしたらどうなるのだろう。少なくとも、これまでは、日本社会にもこのような行為は恥ずべきこと、軽蔑すべきことという共通認識がたしかに存在していたはずなのだが。

最後に、③として、「検察の捻り出した虚構に付き従うことしかできない司法の砦=最高裁の滑稽な佇まいには、徹底的に唾を吐きかけておきたいと思う。」という記述について述べておきたい。裁判所には私も刑事事件の判決文を読んだりする折りには、一庶民としてときには絶望的な気持ちをおぼえることもあり、その点、青木氏の心情に共感するが、これまで述べてきたような、佐藤氏に対する疑問が解消されない以上、佐藤氏の事件を通し、佐藤氏を「被害者」として擁護する立場からの裁判所批判には賛同することはできない。「国家の罠」には、国益にあたえる悪影響をミニマム化する、とか、特殊情報に関することが表に出ないようにする、ということへの配慮の要請を検察に伝え、その点では検察との間で手を握ることができるとの感触を得た、などとも記されている(文庫版p292)。つまり、あの事件には、法廷には出ていない種々の問題が存在する可能性を佐藤氏自身が記述しているのである。青木氏には、そのようなことにも注意を向けて欲しかった。
2009.08.14 Fri l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
6月13日、金光翔さんのブログ『私にも話させて』に、「新潮社・早川清『週刊新潮』前編集長・佐藤優氏を提訴しました」というタイトルの記事が掲載された。提訴日は前日の6月12日とのことだ。
http://watashinim.exblog.jp/

こういう事態にいたるまでの金さんと『週刊新潮』・佐藤優氏との間の経緯は、今では案外多くの人に知られているのではないかと思うが、未知・未読の人には、『私にも話させて』・『資料庫』・『首都圏労働組合特設ブログ』掲載の記事を読まれることをお奨めする。どなたかの言葉を借りて「損はしません、きっと」と言いたい。私自身、この1、2年、金さんの鋭い日本社会批評の文章につくづく啓発されることが多かった。
金光翔さんが提訴に踏み切ったのは、上記の記事にあるように、佐藤氏が公開質問状の受け取りを拒絶し、『週刊新潮』が質問状に対して「答える必要がない、答えない」と述べ、その理由を問うたところ「答えるに値しない」との答えが返ってきたことなど、あまりにも不誠実なその姿勢のゆえであることは間違いないと思う。金さんがこの問題を曖昧のままに終わらせるつもりがない以上、提訴はやむをえなかったということだろう。

金光翔さんが佐藤優氏の言説内容に批判的姿勢をとるようになったのは、いつからなのか、何を契機としたのかは分からないが(もしかすると最初からそうだったのかもしれないが)、私の場合、佐藤氏を批判的に見るようになったきっかけははっきりしていて、高橋哲哉氏の労作『靖国問題』を批評した佐藤氏の「とても同意できない高橋哲哉著『靖国問題』の罠」(「正論」2005年9月号)を読んだことだった。

高橋氏の「靖国信仰から逃れるためには、必ずしも複雑な論理を必要としない。悲しいのに嬉しいと言わないこと。それだけで十分なのだ」という文章をとりあげ、佐藤氏は「悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰が生まれ、文学も生まれるのだと思う」「悲しみをいつまでも持ち続け、耐えることができる人物は一握りの強者だけ」「この倫理基準に立つ限り、高橋教授には、宗教を必要とし、慰めや癒しを必要とし、そして文学を必要とする人々の内在的論理がつかめない」「『悲しみの罠』から人々を解放するのが宗教や文学、そして時には国家の機能と思う」などと述べていた。

いくら靖国を擁護・讃美するためとはいえ、この言い分は牽強付会にも程があるだろう、と私には思えた。何より気になったのは、ここで述べられている主張は、私には単なるこじつけにしか思えなかったが、佐藤氏自身はこの論理でどこでも誰にでも通用すると思っているようにみえたことだ。「悲しみをいつまでも持ち続け、耐えることができる人物は一握りの強者だけ」などと述べているが、高橋氏は「いつまでも悲しみをもち続け、耐え続けよ」なんて主張してはいない。愛する者を亡くしたら、「うれしい」などという狂気じみたことを口にするのはやめよう、十二分に喪に服そうと提案しているに過ぎないだろうと思う。「この倫理基準に立つ限り、高橋教授には、宗教を必要とし、慰めや癒しを必要とし、そして文学を必要とする人々の内在的論理がつかめない」と高橋氏を批判し、自分自身は宗教や文学を必要とする人の内在論理が理解できているかのような口ぶりだが、理解できていないのは、むしろ佐藤氏の方ではないだろうか。佐藤氏はキリスト者ということだが、どうも自分のほうがキリストより前面に出ようとしているようにさえみえる。文学に関しても、同じ印象をうける。「悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰が生まれ、文学も生まれるのだと思う」とのことだが、これは意味自体もよく分からないが、そしておそらく誤っているのではないかと思うが、それよりも限度をはるかに超えて不遜なことを述べているように思える。このような場合に、そこから信仰や文学が生まれる、などの発言をする人物は、佐藤氏くらいではないだろうか。どんな文学者でもこんなことを言うはずはないし、想像もしないだろう。要は、佐藤氏は、他人に国家のために喜んで命を投げだすことを要求したいのではないのだろうか?

石原慎太郎や安倍晋三などを厳しく批判する人が同時に佐藤優氏を称賛する論理や心理は理解しがたい。もしかすると、この人たちは本心では石原・安倍などをもさして嫌ってもいないのではないかという気さえしてしまう。現実に、佐藤氏は石原・安倍といった人々を高く評価しているのである。それでも佐藤氏を誉め称える声は後をたたないのだ。これらの人たちがどこに評価の基準を置いているのかが分からないので、困惑を通り越し、腹立たしく暗澹とした気分になっていたのだが、このようなときに、金光翔さんの論文「<佐藤優現象>批判」が出たのだった。

この論文には、大きく分けて二つのことを感じた。一つは、これまで自分が漠然と感じつづけてきた疑いや謎のようなものの意味を的確な言葉できちんと表現してくれる人がようやく出てきたという安堵と喜び。もう一つは、「なぜ、このような右翼の論客を、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派は重用するのか?」という問いに対して金光翔さんが展開している分析はかなり難しくてわかりにくいということだった。それは、たとえば、「リベラル・左派による佐藤優の重用を、「戦後民主主義からの逸脱」とのみ捉えていては、〈佐藤優現象〉は解けないだろう、ということである。確かに、「2」で指摘したような排外主義的主張が、「戦後民主主義からの逸脱」であることは明らかであるが」と述べられたあと、「佐藤の主張が、リベラルのある傾向を促進する形で展開しており、だからこそ、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派が佐藤に惹き付けられている、と私は考える。」というような見解は私にはなかなか理解できなかった。これまで自分がいかにいろんな社会事象や現象を丁寧に観察することを怠ってきたかをつくづく感じたが、それでもこの論文に刺激をうけたこと、教えられるものが多かったことには違いなかった。

金光翔さんは「それにしても、朴裕河ブーム(?)にせよ〈佐藤優現象〉にせよ、まとまった形で批判したのが在日朝鮮人しかいないという日本の(特に左派の)現状の悲惨さに呆れざるを得ない。」とも述べているが、金さんが指摘するこのような傾向はその後ますます顕著になってきているように思える。藤田省三は1973年に「雄弁と勘定」という文章のなかで、「私の偏見によれば、今日の日本は学芸の精神的水準が底抜けに低下して了って、そのつまらなさは明治以後でも最高を記録しているのではないかとさえ思われる程だ。批評の衰弱は特にはなはだしい。新聞は情報提供という面では進んでいるけれども、れっきとした「批評家」の書く「論壇時評」なども、ほとんど読む必要を感じさせない。」と書いているが、その藤田省三も、これほど悲惨な状況がやってくることは想像しなかったのではないかという気がしないでもないが、彼はまた「批評精神の喪失はただの暴力と結びつくかそうでなければ追随的態度にいくかどちらかである。」「しかし、こういう状態のなかではどうすればよいかということについては私にもくだらないながら一つの案がある。」「その案というのは、すべての基礎的な事柄を一つ一つ人間にとっての必要という観点から検討するという平凡な思考の作業をやるべきではなかろうか、ということに過ぎない。」とも言っていて、近頃私はこの言葉を思い浮かべることが多くなっている。

「<佐藤優現象>批判」が発表された後、『週刊新潮』に金光翔さんに関する記事が載った。そこで佐藤優氏は、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。そして、『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と述べているのだから、このように自らが痛烈に批判している対象である金さんのほうから、この発言について質問なり、問い合わせをしてきたのなら、それに応じるのはごく当然、自然な流れだと思う。というより、佐藤氏は「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。」と語っているのだから、その「許せない」相手が「「私が言ってもいないこと」とはどこですか?」「「言論を超えた私個人への攻撃」とは何を指しているんですか?」と尋ねてくれば、勇み立ってそれに答えるのが普通の対応だろうと思う。そうでなければ、佐藤氏は単に恫喝をしただけ、つまり「言論を超えた個人攻撃」をしたのは、佐藤氏のほうだったということになってしまうだろう。

そもそも、佐藤優氏はなぜ金さんの論文に対して反論文を書かなかったのだろう。論文は、佐藤氏の著作や新聞記事などから佐藤氏の発言を多数引用し、それらを詳細に検討・批判することで成立している。ならば佐藤氏はその金さんの批判に対し、自説を擁護して堂々と渡り合えばよかったではないか。週刊誌で金さんや論文の掲載雑誌社や、出版社とはいえ金さんの勤務先に対する怒りをぶちまけたり、掲載雑誌社を訪ねて会合をもったりなどの工作をしないで。これまで言論人の誰でもが行なってきた「言論には必ず言論で応じる」という至極当然かつ適切な姿勢をとっていれば、今回のような提訴などという問題は発生しようがなかったはずである。何か根本的に勘違いをしているように思えるのだが、それは佐藤氏だけではなく、周辺の人びとにも言えるだろう。実際、言論の自由・表現の自由を誰よりも大切にすべき言論人が自ら言論・表現の自由を侵害し、そのことを周囲があやしんだり、危機意識をもつ様子もなく、容認・加担しているのだから、事態は限りなく深刻だと思う。
2009.06.20 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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